コスチュームジュエリー・レディースアンティークウォッチの通販ショップ migparis(ミグパリ)

 

コロ社のジュエリーボックスに描かれていたイラスト↑
 
コスチュームジュエリーデザイナー&メーカーインデックス


Corocraft 1940年頃

 Art (アート) 1940年代〜1960年後半

1940年代から1960年後半まで、ルネッサンス、ヴィクトリアン、アールデコスタイルなど、あらゆるスタイルのコスチュームジュエリーを製作。
一方で動物や花、葉っぱなどもモチーフにした。メタルワークや彫りをいれたプラスチックやラインストーン使いが特徴的。


 
 Chanel(シャネル) 1914年〜

コスチュームジュエリーを語る上で彼女の存在を忘れてはいけない。今私たちが手にするコスチュームジュエリーの原点と言ってもいいかもしれない。
1914年、20代の終わりにパリに帽子店をオープンさせる。

1927年にはガラスやフェイクパールを使って、コスチュームジュエリーを発表。宝石では難しかったデザインも、ガラスやフェイクのパールなら大胆で斬新なデザインで作ることができた。そのジュエリーは彼女がデザインするシンプルな洋服にあうようにつくられた。

1930年頃にはハリウッドスター、キャサリンヘップバーンやグレースケリーやエリザベステイラーたちのためにデザインをしている。

1939年には第2次世界大戦によりショップを失うが、1954年に再オープンさせる。

”何かコレクションを始めるなら、まずブローチから始めてみるのがいいわ。 だってブローチは一番必要とされているのよ。 スーツの襟やポケットや帽子、ベルトやガウンにだってつけられるんだから”。

1971年パリで88歳でなくなる。

 Christian Dior (クリスチャンディオール) 1946年〜


画廊を経営していた彼は、第二次世界大戦後の1946年にパリに自分のブティックをオープンさせる。意外にもファッション界へのデビューは40才を過ぎたスタートだった。

ペチコートでスカートをふくらませたスタイルは、「ニュールック」と呼ばれることになる。

彼は自分がデザインしたファッションにあわせるために、ジュエリーをデザインすることは彼にとって必要不可欠なことだった。ディオールは庭やフランスの田舎が好きだったため、ローズやゆりなどのモチーフが好んで使われた。

年に2回コレクションを発表していた当初、ハリウッド女優やごく一部の限られた顧客のためにデザインされたものだったが、1947年から57年に彼が亡くなるまで、ライセンス契約をして、たくさんのコスチュームジュエリーが生産された。

ライセンス契約していたメーカーにはアメリカのシュライナーやクレイマー、イギリスではミッシェルメイヤー、ドイツではヘンケル&グロスなどがある。 ほとんどのジュエリーにはDiorと製作年が刻印されている。

ディオールはスワロフスキーと協力して、オーロラカラーのラインストーンを開発したこともコスチュームジュエリーの歴史の中で特筆すべきだろう。

1957年に53歳で亡くなるが、クリスチャンディオールと言えば誰もが憧れるブランドの一つとして、今も発展し続けている。

←ミッシェルメイヤーのジュエリー 当時の箱つき

   


 Ciner (サイナー) 1931年〜

エマニュエルシナー宝石メーカーをつくるために1892年に設立。1931年からコスチュームジュエリーをを手がけるようになった。

スワロフスキーのラインストーンが手作業であしらわれた。

初期の作品には刻印が見られないが、1945年以降につくられたジュエリーにはCinerと刻印されている



 Coro (コロ) 1901年〜1979年


1901年に2人のビジネスマン、CohnとRosenbergerがニューヨークでアクセサリーブティックを始めたのがコロ社のはじまり。2人の名前の頭文字”Co""Ro"をつなげたのが名前の由来。

1929年自社工場ができてから、アメリカで最大のコスチュームジュエリーメーカーへと急速に成長した。1930年から1940年の最盛期には3500人のスタッフが工場で働いていた。

1924年にコロ社のデザインディレクターについたAdolph Katzはコロ社の成功に大変貢献した人物。

1931年に彼はカルティエのペアのドレスクリップからインスピレーションを得て、デュエットブローチをデザインした。(トップページのコスチュームジュエリーの写真に使われている2匹の小鳥のブローチはCoroのデュエットブローチです。)2つのクリップブローチを金具でつなげると、一つのブローチにもなり、動物や昆虫や物をモチーフにしてたくさんのコデュエットブローチがつくられた。

Coro Craftは、シルバーやヨーロッパのラインストーンを使って富裕層向けにつくられたライン。

1979年には製造を中止。





  De Mario ( デ マリオ) 1945年〜1960年代前

1945年にニューヨークで設立されてから、1960年代初期までジュエリーを製作。

パールのデザインやグラスビーズを手作業で複雑につなぎあわせた感じが、ミリアムハスケルのジュエリーとよく混同される。

彼のジュエリーは大変数が少ない。


 Eisenberg (アイゼンバーグ) 1930年〜

もともとはアメリカのファッションメーカーだったアイゼンバーグは1914年に設立された。1930年にドレスにブローチをつけて販売するようになると、それがたちまち大人気となり、ドレスとブローチを別々に販売するようになる。

1930年から1945年にかけて作られたものには"Eisenberg Original"それ以降に作られたものには、”Eisenberg Ice"と刻印されている。


 Hatti Carnegie (ハッティカーネギー) 1909年〜1976年

オーストリア生まれのカーネギーは、1904年にアメリカに移住。1909年に最初のショップをオープンさせる。

<その後、アメリカ全土に富裕層をねらって、ブティックのチェーン店を開店させる。 彼女がつくるジュエリーはたくさんの著名人の心をとらえた。

1956に彼女が亡くなってからも服やジュエリーの生産は続けられたが、1976年に買収される。


 Henry Shreiner (ヘンリーシュライナー) 1951年〜1970年代

1951年にニューヨークで宝石商をしていたヘンリーシュライナーは、1951年に自分の会社を設立。1940年後半から1950年の初期には、ディオールのジュエリーを製作。
高品質のクリスタルを使ったジュエリーはマリリンモンローなどのハリウッド女優たちからも愛された。
ネックレスセットなどは数も少ないことから10万から15万円と大変高値で売買されている。


 Hobe (ホベー) 1927年〜

ホブ社の歴史は大変古く、ジャックホベーがパリに1887年設立。 その後息子のウィリアム1927年、ニューヨークでアメリカホブ社を設立。

ある一人のブロードウェイの女優のために作ったジュエリーが評判をよび、ハリウッドからもたくさんのオファーがはいるようになる。

映画や劇場用のジュエリーの他にも、一般向けにも販売されたが、一流のデパートやブティックでしか販売されなかった。

現在もウィリアムの孫が彼の意思を引き継いで製作している。


 Hollycraftホーリークラフト) 1938年〜1970年代

1938年にハリウッドのジュエリー製作会社として設立。1948年にホーリークラフトに変更した。1970年の中頃まで製作は続けられた。

アンティーク調のゴールドカラー、一つのジュエリーにいろいろな色をつかったラインストーンが特徴的。


 JJ (ジェイジェイ)
Jonette Jewelry Company 通称JJは1935年に設立された。、ラインストーンはあまり使わず、合金だけで作られていることが多い。モチーフも猫や鳥などの動物物が多く、思わず吹き出してしまうユニークなデザインのジュエリーが多い。


 Jomaz (ジョマズ)
1927年にジョセフメイザーが弟ととともにニューヨークで設立したジュエリーメーカー。当初はカルティエでデザインを担当していたマルセルブシェールがデザインを担当。1946年にジョセフが新たな会社をたちあげ、1981年までジュエリーを製作する。

Juliana (ジュリアナ) 1967年〜1968年

チーフデザイナーだったDelizzaとElsterが1947年にショップをオープンしたのがはじまり。彼らは800以上のメーカーのジュエリーを作っていた。その中にはCoroやWeissやKrameといったメーカーも含まれていた。

Julianaというラインは1967年と1968年の2年間だけ、ジュエリーに刻印をいれずに、タグだけをつけて販売された。 1990年代に工場は閉鎖された。


 Kenneth Jay Lane (ケネスジェイレーン)1963年〜

1930年デトロイト生まれの彼は、1950年中頃よりニューヨークで輝かしいキャリアが始る。
ディオールのために靴をデザインなどをした後、1963年にコスチュームジュエリーの会社KJLを設立。

古代エジプトやアールデコ、アジアなどさまざまなスタイルをデザインに用いた。

オードリーヘップバーン、ジャックリーンケネディ、エリザベステイラー、ダイアナなど名だたる著名人たちが彼のジュエリーをみにつけた。

1970年までに作られたジュエリーには”KJL”、それ以降は”Keneth Jay Lane""Keneth Lane"の刻印がはいっている。


 Kramer(クレイマー) 1943年〜1970年代後半

1943年にニューヨークで設立され、1970年代後半までさまざまなジュエリーが製造された。

1950年代頃から、クレイマーはクリスチャンディオールのためにジュエリーを製作をはじめた。このため、DiorとKramerのダブルネームで刻印されているものも多数ある。


 Lea Stein (リアスタン) 1969年〜
フランス生まれの彼女は1960年から80年代にかけて、動物や人などいろんな物をモチーフにしてたくさんのブローチを製作した。

1950年にテキスタイルデザインの会社を運営していた彼女は1969年からコスチュームジュエリーをつくり始める。

彼女が作るコスチュームジュエリーは一風かわっている。布をセルロイドに埋め込み、それを何層にも重ねてる作られた。

リングやバングル、イヤリングなども作られていたがそのほとんどはブローチだった。そのモチーフは、犬、猫、ふくろう、ハリネズミ、ペンギン、子供など、多種多様。上の写真は風と共に去りぬのスカーレットオハラにインスピレーションを得てデザインされたバレリーナピン。

フランス国内でしか彼女の作品はほとんど知られることはなかったが、1981年に会社をたたんで、その在庫をアメリカ人のディーラーが買い取り、アメリカ国内で販売したことによって彼女の作品が海を渡って知られることになる。

コレクターの要望でデザイナーに復帰。現在でも活躍中。刻印は"LEA STEIN PARIS"

 Lisner (リスナー)

1904年にニューヨークで設立された。当初は他のメーカーのためにジュエリーを作っていたが、1930年になって初めてLISNERと自社のサインを入れたジュエリーを製作し始めた。プラスチックを使ったジュエリーが多く、価格も買いやすい値段だったため、1960年頃大変人気があったメーカー。スキャパレリのジュエリーの製作も一部行った。


 Maison Gripoix (メゾングリポワ) 1870年〜

3代にわたって、メゾングリポワはシャネル、ディオール、イブサンローランなど名だたるデザイナーのためにオートクチュールジュエリーを製作した。

1870年にパリにて設立。もともとはグラスビーズやボタンなどを製造していたが、1900年頃からコスチュームジュエリーを製作しはじめ、名声を確立。

1920年台にはシャネル、1940年台にはディオールのジュエリーの製作をはじめる。

花など自然をモチーフにしたものが多く、グリポワがつくるはぽってりとしたガラスの花のネックレスやブローチは手作業で作られ、5万円から15万円と高値で販売されている


 Marcel Boucher 1937年〜1972年

フランス生まれのマルセルブシェールはアメリカのジュエリーデザイナーとしてもっとも優れたうちの一人として認めれた。

1910年代にはパリのカルティエで修行し、1922年にニューヨークのカルティエに移る。

1929年の株大暴落するまでカルティエで働く。その後、コスチュームジュエリーに転向することを決意。 当初はMazer Brothersのためにデザインをしていたが、1937年に自分の会社を設立。1965年に彼が亡くなるまでたくさんの美しいジュエリーが作られた。

彼が作り出すジュエリーは、金属、ラインストーンエナメルでの職人技は、しばしば本物のジュエリーと間違えられるくらい素晴らしかった。

初期の彼のジュエリーには"MB""Marbouux" のちに”MarcelBoucher""Boucher"と刻印されるようになる。

1972年にアメリカの時計メーカーに買収される。


 Miriam Haskell (ミリアムハスケル) 1926年〜
アメリカのコスチュームジュエリーでひときわ高値で取引されている彼女のジュエリーは、ほとんどが手作業で作られ、留め具にまでデザインがされていた。どんな小さなラインストーンも接着剤を使わず爪止めされ、小さなパールでさえ穴をあけてワイヤーでとめていたため、ワイヤーが集中した裏側に美しくデザインされたカバーがとりつけられていた。

1924年に彼女は最初のショップをニューヨークのホテルに”ミリアムハスケル”のジュエリーショップをオープンさせた。

ココシャネルに刺激をうけた彼女は、当初シャネルなどのフランス製のコスチュームジュエリーを売っていた。

ショップオープンから2年後の1926年、デパートでショウウィンドウのデザインをしていたフランスへスをチーフデザイナーとして迎え入れ会社を設立した。

独特な色をだすのに非常に多くの工程を必要とするアンティークゴールドが使われていた。

ベストの材料を探すために、ハスケルとヘスは定期的に海外をみてまわった。1930年頃には日本の人造パールも使われていた。

1981年に彼女は亡くなる。


 Regency (リージェンシー) 1950年代〜1970年代

ニューヨークを起点に1950年から1970年にかけて生産された。リージェンシーと言えば、蝶々のブローチが有名。その他にも花や葉っぱなどをモチーフにしたジュエリーがいろんな色のラインストーンで作られた。


 Robert (ロバート) 1942年〜1979年

ロバートが1942年にニューヨークで設立。
1960年に社名をRobert Originals,INCにする。

右の写真のように自然をモチーフにしたものが多い。刻印はいろいろ使われていましたが、1942年から1979年にかけて作られたジュエリーには”Orifinal by Robert”という刻印がはいっています。

1979年に製造終了。


 Schiaparelli (スキャパレリ) 1927年〜1950年

1890年ローマに生まれ。一度は脚本家を目指してニューヨークに渡るが、すぐに彼女の才能は彼女が一番愛していた”ファッションと芸術”によって開花することとなった。

1927年にはパリにメゾンを開き、ココシャネルのライバルになった。 お金がある貴族たちのライフスタイルに影響されたエレガントでクラシックなシャネルのデザインとは対照的に、サルバトーレダリのような芸術家からインスピレーションを得たため一風変わった奇抜なデザインが多かった。

1936年にはコレクションで、ショッキングピンクを発表。後にこれが彼女のメゾンカラーとなった。

第二次世界大戦中はいったんニューヨークに避難するが、戦後パリに戻り、ジバンシーやピエールカルダンをアシスタントとして雇った。

1954年に、コスチュームジュエリーのデザインに専念するため、ニューヨークに戻る。

1950年代には生産をやめ、1973年になくなる。

初期にフランスで作られたジュエリーのほとんどには刻印はない。後期にフランスで作られたものやアメリカで生産されたものには、彼女のサインがはいっている。


 Stanley Hagler (スタンレーハグラー) 1950年代後半

1950年代後半からジュエリーの製作をはじめる。
彼のジュエリーは常にスワロフスキーのような高品質のパーツを使い、アンティークのパーツを使って手作業でワイヤーどめされた。 ラインストーンは接着剤よりも、爪どめで丁寧につけられた。

1940年代、ミリアムハスケルと仕事をしたこもある彼は、彼女の影響をうけている。

彼のジュエリーは金具をかえることによって、ネックレスにもなったり、髪飾りやブレスレットにもなるように、多目的に作られていた。

1968年にスワロフスキーデザインアワードを獲得、その後何度も受賞している。彼はコスチュームジュエリーだけでなく、他のメーカーのバッグやジュエリーやウィッグなど、さまざまなデザインをした。

1950年ー1983年 "Stanley Hagler " 1983年以降 "Stanley Hagler N.Y.C

1996年彼が亡くなった後も生産されている


 Trifari(トリファリ) 1918年〜1994

1910年にイタリア移民だったTrifariがTrifari社を設立。

アルフレッドフィリップが1930年にTrifari社のチーフデザイナーに就任。カルティエやヴァン・クリフ&アペルでデザインをしていた彼は、その経験をいかし1968年までTrifari社に貢献した

トリファリが大成功した要因はブロードウェイやハリウッドの映画のためにジュエリーを製作し、それが宣伝になったからだった。1950年には当時の大統領アイゼンハワーのファーストレディのために作ったことが、最大の名誉になった

アルフレッドフィリップは、クリスタルに似た、カボションカットをした白っぽいアクリル樹脂を使って、”ジェリーベリー”というシリーズを発表。白鳥や鳥、プードル、ペンギンなどの胴体に使ったブローチは現在でも大変高値で取引されている

マドンナが主演した映画エビータでは、トリファリの”ジュエルオブインディア”というシリーズのジュエリーが使われている。

1994年にMonetグループに買収される


 Vendome(ヴァンドーム) 1944年〜1979

1944年にCoro社がアメリカの富裕層をターゲットに作られたブランド。宝石店の多かった、パリのヴァンドーム広場にちなんでつけられた。

ヴァンドームのジュエリーはシルバーや金張りやオーストリアで作られたラインストーンなどの高品質の材料が使われた。

1979年に製造終了。


 Weiss (ワイス) 1942年〜1971

アルバートワイスは1930年代、コロ社で働いていた。その後1942年にニューヨークでコスチュームジュエリーの会社を設立。

1950年から60年にかけて、注文が増えるようになると顧客に要望にこたえるために生産の一部をHolleycfraft社と契約して作らせた。
デザインの大半が花やフルーツや人物をモチーフにして作られた。

1960年に彼が引退し、息子が引き継ぐが1971年に終了。

長い間彼のジュエリーは過小評価されていたが、最近になって価格が上昇したことによって、彼のジュエリーが見直されて


 

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ミグパリについて

当店ではおもに、1950年代から70年代にかけて製作されたコスチュームジュエリーと、普段使いできるアンティークジュエリー、レディースのアンティークウォッチを販売しています。

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営業時間:平日10:00〜18:00 
定休日:休業日カレンダーご覧ください

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